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具体と抽象

目次

 

はじめに:ビジネスにおける「思考の整理術」の重要性

現代のビジネス環境は、テクノロジーの進化や市場の変化により、かつてないほど変化が激しく、複雑化しています。このような状況下で、ビジネスパーソンが成果を出し続けるためには、物事を整理し、本質を見抜く「思考の整理術」が不可欠となっています。

特に、個別の事象や詳細な情報といった「具体」と、それらに共通する本質や法則性といった「抽象」を、状況に応じて柔軟に使い分ける能力は、意思決定の質を大きく左右します。

状況

必要なスキル

複雑な問題への対応

「具体」と「抽象」を往復する思考力

迅速な判断

情報を効率的に処理する「抽象化」能力

詳細な分析

状況を正確に把握する「具体化」能力

この「具体」と「抽象」のバランス感覚を磨くことで、課題の本質を捉え、的確な戦略を立案し、円滑なコミュニケーションを実現することが可能になります。次章からは、「具体」と「抽象」の概念を詳しく見ていきましょう。

(1)変化の激しい現代ビジネス環境

現代のビジネス環境は、テクノロジーの急速な進化やグローバル化の進展により、かつてないほどのスピードで変化しています。このような状況下では、昨日まで通用していた常識が今日には通用しなくなり、企業は常に変化への対応を迫られています。

特に、以下のような要因が変化を加速させています。

要因

具体例

テクノロジーの進化

AI、IoT、ビッグデータなどの普及

グローバル化

新興国の台頭、サプライチェーンの複雑化

市場ニーズの多様化

消費者の価値観の多様化、パーソナライズ要求

競争環境の激化

新規参入の容易化、異業種からの挑戦

このような変化の激しい環境で企業が持続的に成長していくためには、変化を的確に捉え、迅速かつ柔軟に対応できる「思考の整理術」が不可欠となります。次章では、この思考の整理術の鍵となる「具体」と「抽象」の概念について解説します。

(2)「具体」と「抽象」を使い分ける必要性

VUCA(ブーカ)と呼ばれる予測困難な現代ビジネス環境においては、変化を的確に捉え、本質的な課題を見極める力が不可欠です。この「考える力」を向上させる上で、「具体化」と「抽象化」という思考法を状況に応じて使い分けることが極めて重要となります。

具体化は、漠然とした事柄を詳細に、明確な形にしていく思考法です。一方、抽象化は、複数の事象に共通する本質や法則性を見つけ出す思考法と言えます。

思考法

目的

具体化

詳細な状況把握、実行可能性の向上

抽象化

本質の見極め、課題設定、全体像の把握

例えば、漠然としたアイデアをそのままにしておくと、具体的な行動に移せません。ここで「具体化」のスキルを用いることで、実行可能な計画へと落とし込むことができます。逆に、目の前の個別の事象に囚われすぎると、全体像や本質を見失ってしまうことがあります。そのような場合に「抽象化」のスキルを活用することで、より本質的な課題設定や、的確な意思決定が可能になります。

このように、「具体」と「抽象」を自在に往復する思考法を習得することが、ビジネスパーソンが変化に対応し、成果を出すために不可欠なのです。

「具体」と「抽象」の概念を理解する

ビジネスにおける思考の整理術を効果的に活用するためには、まず「具体」と「抽象」という二つの概念を正しく理解することが不可欠です。これらを区別し、それぞれの特性を知ることで、思考の質を格段に向上させることができます。

まず、「具体」とは、目に見える個別の事象や、詳細な情報、具体的なデータなどを指します。例えば、「昨日の会議でAさんが提案した新製品の価格設定案」といった、限定的で個別性が高い情報がこれにあたります。

一方、「抽象」とは、個別の事象から共通項や本質、法則性などを抜き出した、より普遍的で本質的な概念を指します。「価格設定の最適化」や「顧客ニーズの分析」といった、複数の事象に共通する原理や考え方が抽象的な概念です。

この二つは、どちらか一方だけが存在するのではなく、常に相互に関連し合っています。ある時点では具体的だった事柄が、別の視点からは抽象的な概念の一部として捉え直されることもあります。この文脈によって変化する相対性を理解することが、両者を自在に使いこなすための第一歩となります。

(1)「具体」とは:個別の事象、詳細な情報

「具体」とは、私たちが日々経験する個々の出来事や、五感を通して認識できる詳細な情報そのものを指します。例えば、「昨日の会議で資料の誤字を発見した」という一文は、いつ(昨日)、どこで(会議)、何が(資料の誤字)起こったのか、といった個別の情報を含んでいます。

具体例を挙げると、以下のようなものが該当します。

  • 数値データ: 売上高、顧客数、エラー率など

  • 事実: 特定の出来事、観察された現象

  • 固有名詞: 人名、地名、商品名

  • 詳細な説明: 手順、仕様、個別の状況

これらの具体的な情報は、物事を正確に理解し、事実に基づいた判断を下すための土台となります。しかし、あまりに具体例に囚われすぎると、物事の本質を見失ってしまう可能性もあります。ビジネスにおいては、この「具体」を正確に捉えることが、問題解決や状況把握の第一歩となるのです。

(2)「抽象」とは:本質、共通項、法則性

「抽象」とは、個別の具体的な事象から、それらに共通する要素や、背後にある根本的な原理・法則性を見つけ出す思考プロセスを指します。目の前の出来事や情報に囚われるのではなく、一つ上の視点から物事を捉え、より広範な意味合いや普遍的な真理を理解しようとすることです。

例えば、複数のプロジェクトが遅延しているという具体的な状況があったとします。ここで「抽象」的な思考を用いると、「なぜ遅延が起きているのか?」という問いに対し、個々のプロジェクトの固有の問題ではなく、組織全体のプロセス管理、リソース配分、コミュニケーション不足といった共通の要因に目を向けます。

抽象化された概念は、以下のような形で表現されます。

抽象化の対象

抽象化された概念

個々の顧客の要望

顧客ニーズの全体像

特定の市場の動向

市場全体のトレンド

過去の成功・失敗事例

成功・失敗の法則性

このように、抽象化によって、個別の事象の背後にある本質や、一般化できる法則性、さらには将来を予測するための手がかりを得ることができます。これは、単なる情報収集に留まらず、より深く本質的な課題設定や、効果的な戦略立案へと繋がる重要なステップとなります。

(3)両者の関係性:文脈によって変化する相対性

「具体」と「抽象」は、それぞれ独立した概念ではなく、常に互いに関連し合っています。どちらが「具体」でどちらが「抽象」かは、捉える文脈によって変化する相対的なものです。

例えば、「リンゴ」という言葉は、具体的な果物そのものを指す場合もあれば、ある企業(Apple Inc.)のブランドを指す場合もあります。さらに、この「リンゴ」という言葉を「果物」というカテゴリーに含めれば、「果物」は「リンゴ」よりも抽象的な概念となります。しかし、「果物」をさらに大きなカテゴリーである「食品」の一部と捉えれば、「食品」は「果物」よりも抽象度が高くなります。

このように、ある事象をどのレベルで捉えるかによって、「具体」と「抽象」の立ち位置は入れ替わります。

事象

抽象度

リンゴ

果物

食品

この両者の関係性を理解することは、物事を多角的に捉え、より深く理解するために不可欠です。

ビジネスで差がつく「具体化」のスキル

変化の激しいビジネス環境では、表面的な情報に惑わされず、状況を正確に把握することが不可欠です。そこで重要となるのが「具体化」のスキルです。具体化とは、抽象的な事柄を、個別の事実や詳細な情報へと落とし込んでいくプロセスを指します。

ビジネスシーンにおける「具体化」の具体的な活用法として、「5W3H」を用いた情報収集・整理が挙げられます。

項目

説明

5W

When (いつ), Where (どこで), Who (誰が), What (何を), Why (なぜ)

3H

How (どのように), How much (いくらで), How many (いくつ)

これらの要素を意識することで、問題の所在や原因、関係者、必要なリソースなどを詳細かつ網羅的に把握することができます。例えば、

  • 問題点の特定: 「売上が伸び悩んでいる」という漠然とした状況を、「A支店のB商品が、C競合のDキャンペーン開始以降、E顧客層からの注文を大幅に減らしている」といった具体的な事象として捉え直します。

  • 課題の明確化: 特定された問題点に基づき、「A支店におけるB商品の売上回復」という、より実行可能な課題へと落とし込みます。

このように、具体化のスキルを磨くことで、曖昧な状況をクリアにし、的確な問題解決や意思決定への第一歩を踏み出すことができるのです。

(1)状況を正確に把握するための「具体化」

ビジネスにおいて、問題解決や意思決定を的確に行うためには、まず置かれている状況を正確に把握することが不可欠です。そのためには、「具体化」のスキルが極めて重要になります。「具体化」とは、曖昧な情報や漠然とした状況を、具体的な事実や詳細な情報に基づいて明確にしていくプロセスを指します。

例えば、

  • 数値データ: 売上、顧客数、コストなどの具体的な数字で状況を把握する。

  • 事例: 過去の成功事例や失敗事例を具体的に参照し、教訓を得る。

  • 担当者・部署: 誰が、どの部署が、どのような業務に関わっているのかを明確にする。

  • 発生時期・場所: 問題がいつ、どこで発生したのかを特定する。

といった要素を掘り下げていくことで、問題の本質や原因が見えやすくなります。漠然とした「業績が落ち込んでいる」という状況も、「〇〇製品の売上が前期比で15%減少しており、特に△△地域での販売不振が顕著である」のように具体化することで、次に取るべきアクションが見えてくるのです。

(2)「5W3H」を活用した詳細情報の収集・整理

ビジネスにおいて、状況を正確に把握し、問題の本質に迫るためには、まず「具体」を徹底的に掘り下げることが不可欠です。「5W3H」は、この「具体化」を効率的に進めるための強力なフレームワークです。

項目

説明

When(いつ)

問題が発生した時期、期間、タイミング

Where(どこで)

問題が発生した場所、範囲

Who(誰が)

問題に関与している人物、部署、関係者

What(何を)

具体的な事象、対象、成果物

Why(なぜ)

問題発生の原因、背景

How(どのように)

問題発生のプロセス、方法

How much(いくらで)

費用、コスト、規模

How many(いくつ)

数量、頻度

これらの問いに漏れなく答えることで、事象を多角的に捉え、見落としがちな詳細な情報を収集・整理することができます。例えば、顧客からのクレーム対応では、「いつ、どこで、誰が、どのような状況で、何に困ったのか」を具体的に聞き出すことが、的確な解決策の糸口となります。この詳細な情報こそが、次の「抽象化」のステップで本質を見抜くための確かな土台となるのです。

(3)実務における「具体化」の応用例(問題点の特定、課題の明確化など)

ビジネスの現場では、「具体化」のスキルが問題解決や意思決定の精度を大きく左右します。例えば、あるプロジェクトで遅延が発生しているとします。この状況を「具体化」することで、問題の根本原因を正確に把握できます。

問題点の特定における具体化の例:

項目

具体的な状況

遅延原因

Aタスクの担当者の体調不良による作業遅れ

影響範囲

Bタスク、Cタスクへの連鎖的な遅延が生じている

発生時期

先週月曜日から、Aタスクの進捗が予定より3日遅れている

関係部署

開発部、品質保証部

このように、誰が、いつ、どのような状況で、何が原因で、どのように影響しているのかを具体的に洗い出すことで、漠然とした「遅れている」という認識から、具体的な「Aタスクの遅延が原因で、関係部署にも影響が出ている」という状況へと落とし込むことができます。

さらに、課題の明確化においても「具体化」は不可欠です。例えば、「顧客満足度を向上させる」という抽象的な目標があった場合、これを具体化することで、どのような行動をとるべきかが明確になります。

課題の明確化における具体化の例:

  • 現状: 顧客からの問い合わせ対応に平均3日かかっている。

  • 目標: 問い合わせ対応の平均時間を1日以内にする。

  • 具体的なアクション:

    • FAQページの拡充(〇月〇日までに〇件追加)

    • 問い合わせ管理システムの導入検討(〇月〇日までに〇社比較)

    • 担当者の応対研修実施(〇月〇日までに実施)

このように、日々の業務で「具体化」を意識的に行うことで、問題の本質を捉え、効果的な解決策へと繋げることが可能になります。

ビジネスで差がつく「抽象化」のスキル

「具体」で集めた詳細な情報を、より高次の視点から捉え直し、本質や法則性を見出すのが「抽象化」のスキルです。このスキルを磨くことで、表面的な事象に惑わされず、問題の根源や真の課題を特定できるようになります。

抽象化のプロセス

ステップ

内容

1. 共通項の発見

個別の事象に共通する要素やパターンを探し出す。

2. 本質の抽出

共通項の中から、その事象を成り立たせている核となる部分(本質)を抜き出す。

3. 法則性・一般化

特定の事例に留まらず、より広い範囲に適用できる法則や原則としてまとめる。

4. 「要するに」の追求

複雑な状況や情報を、「一言で言うと」「最も重要な点は何か」という形で簡潔に表現する。

実務における抽象化の応用例

  • 戦略立案: 市場の動向や競合の動きといった具体的な情報を分析し、自社の強み・弱みを踏まえた上で、目指すべき方向性(戦略)を抽象的なレベルで定義します。

  • 意思決定: 複数の選択肢を、それぞれのメリット・デメリットという抽象的な軸で比較検討し、最も効果的な判断を下します。

  • コミュニケーション: 相手の状況や理解度に合わせて、専門的な詳細(具体)を、相手が理解できるレベルの本質(抽象)に落とし込んで説明することで、誤解なくスムーズな意思疎通を図ります。

これらのプロセスを経て抽象化された思考は、複雑なビジネス課題をシンプルに捉え、的確な意思決定や効果的な戦略実行を可能にします。

(1)本質を見抜き、本質的な課題を設定するための「抽象化」

ビジネスにおいて「抽象化」は、表面的な事象に惑わされず、物事の本質や根本原因を見抜くために不可欠なスキルです。日々の業務で発生する様々な出来事や問題点を、個別の事例として捉えるだけでなく、より上位の概念や共通するパターンへと引き上げることで、本質的な課題を特定できるようになります。

例えば、ある部署で納期遅延が頻発しているとします。これを個別の事例として対応するのではなく、「抽象化」の視点を取り入れることで、以下のような本質的な課題が見えてくるかもしれません。

具体的な事象例

抽象化された本質的な課題例

Aさんの作業遅延

プロセス管理の不備

Bさんのミスによる手戻り

情報共有体制の脆弱性

Cさんのモチベーション低下

目標設定の曖昧さ

このように、個別の問題点を「プロセス管理」「情報共有」「目標設定」といった、より広範で本質的な課題へと昇華させることで、場当たり的な対応ではなく、根本的な解決策を講じることが可能になります。これは、戦略立案や意思決定の精度を高める上でも極めて重要なプロセスと言えるでしょう。

(2)事象から共通項や法則性を見出すプロセス

抽象化のプロセスでは、個別の具体的な事象の背後にある共通点や、繰り返し現れるパターン、つまり「法則性」を見つけ出すことが重要です。このプロセスは、以下のようなステップで進めることができます。

ステップ

説明

1. 情報の収集

関連する具体的な事象やデータを幅広く集めます。

2. 類似点の発見

集めた事象の間にある共通する要素や特徴を特定します。

3. 差異の排除

個々の事象に特有の、本質とは関係のない要素を取り除きます。

4. 一般化

共通点やパターンを、より広い範囲に適用できる一般的な概念や原則にまとめ上げます。

例えば、いくつかのプロジェクトで遅延が発生した場合、その原因を一つ一つ追うだけでなく、「情報共有の不足」「リソース配分の見誤り」といった共通のパターンを探し出すことで、組織全体の課題として捉え、再発防止策を講じることが可能になります。このように、個別の事象に埋もれがちな本質を、事象の羅列から「法則性」として抽出していくことが、抽象化の核心と言えるでしょう。

(3)「要するに何なのか?」をまとめる力

「抽象化」のスキルを磨く上で、最も重要な要素の一つが、「要するに何なのか?」を的確にまとめる力です。これは、多くの情報や複雑な事象を、その本質や核心となる部分にまで削ぎ落とし、簡潔かつ明確な言葉で表現する能力を指します。

この力を養うことは、以下のようなメリットをもたらします。

  • 本質の理解促進: 表面的な情報に惑わされず、物事の根幹を捉える助けとなります。

  • 論理的思考の強化: 情報を整理し、構造化するプロセスを通じて、思考の論理性が高まります。

  • 効果的なコミュニケーション: 複雑な内容を分かりやすく伝えることで、相手との認識のずれを防ぎ、円滑な意思疎通を可能にします。

例えば、会議で複数の意見が出た際に、「要するに、我々が今解決すべき課題は〇〇ということですね」と一言でまとめることができれば、議論の方向性が定まり、効率的な意思決定へと繋がります。

この「要するに」を導き出すためには、まず、与えられた情報の中から最も重要と思われる要素を特定し、それらを繋ぎ合わせ、共通するパターンや原則を見つけ出す作業が不可欠です。そして、最終的には、誰にでも理解できる平易な言葉で表現することを心がけましょう。

(4)実務における「抽象化」の応用例(戦略立案、意思決定、コミュニケーションの円滑化など)

抽象化のスキルは、ビジネスの様々な場面で強力な武器となります。

まず、戦略立案においては、市場の動向や競合の分析結果といった個別の情報を、業界全体の構造や顧客ニーズの本質といったより高次の視点へと引き上げることで、的確な戦略の方向性を見出すことが可能になります。

次に、意思決定においては、複数の選択肢の中から、それぞれのメリット・デメリットを本質的な価値観や目標に照らし合わせて評価することで、ブレのない、より本質的な判断を下すことができます。

さらに、コミュニケーションの円滑化においても、相手の話の要点や背景にある意図を抽象化して理解することで、誤解を防ぎ、より建設的な対話へと繋げることができます。

これらの例からもわかるように、抽象化は、個別の事象に埋もれることなく、全体像や本質を見抜くための不可欠な思考法と言えるでしょう。

「具体」と「抽象」を自在に操る思考法

思考の質を劇的に向上させるためには、「具体」と「抽象」を行き来する往復運動が不可欠です。

まず、具体的な事例やデータから共通項や本質を見出し、抽象的な概念として整理します。次に、その抽象的な概念を基に、新たな具体的な状況へ応用したり、より詳細な計画を立てたりします。このプロセスを繰り返すことで、思考は深まり、より本質的な理解へと繋がります。

「具体」と「抽象」の往復運動による思考の質向上

段階

行為

効果

具体→抽象

個別事例から共通項、法則性、本質を抽出する

問題の本質的な理解、課題の明確化

抽象→具体

本質的な概念を具体的な状況に落とし込む、応用する

具体的な解決策の立案、効果的な意思決定、行動計画

議論が噛み合わない原因の多くは、「具体」と「抽象」のレベルがずれていることにあります。相手が抽象的な話をしているのに、具体的な事例で反論したり、その逆であったりすると、話が平行線をたどりがちです。

相手の思考レベルを理解し、自身の発言レベルを意識的に調整することで、円滑なコミュニケーションが可能になります。抽象の世界は、自由度が高く、多様な可能性を内包しています。この「質」を重視する抽象の世界を理解することが、ビジネスにおける新たな発想や戦略を生み出す鍵となるのです。

(1)思考の質を向上させる「具体化」と「抽象化」の往復運動

思考の質を高めるためには、「具体」と「抽象」を行き来する往復運動が不可欠です。まず、目の前の具体的な事象やデータから、その背後にある本質や共通項を見つけ出す「抽象化」を行います。これにより、問題の本質や、より上位の概念を捉えることができます。

次に、その抽象的な概念を、具体的な事例や状況に落とし込んで検証する「具体化」を行います。この具体化のプロセスを通じて、抽象的な理解がより深まり、実用性があるかどうかも確認できます。

この「具体」と「抽象」の往復運動を繰り返すことで、以下のような効果が期待できます。

効果

説明

解像度の向上

問題の細部まで理解しつつ、全体像も把握できる

本質の理解

表面的な事象に惑わされず、根本的な原因や解決策にたどり着ける

汎用性の獲得

一つの事象から得た学びを、他の状況にも応用できる

この思考法を習慣づけることで、複雑なビジネス課題に対しても、より深く、そして多角的にアプローチできるようになります。

(2)議論が噛み合わない原因と解消法:「具体」と「抽象」のズレ

ビジネスの現場で「話が噛み合わない」「議論が平行線をたどる」といった経験はありませんか。その原因の一つに、「具体」と「抽象」のレベルがずれていることが挙げられます。

例えば、あるプロジェクトの進捗会議を想定してみましょう。

状況

発言者のレベル

噛み合わない理由

プロジェクトの進捗

Aさん(抽象)

「全体的な遅延リスクを考慮した対策が必要です」

プロジェクトの進捗

Bさん(具体)

「〇〇のタスクが期日までに完了していません」

Aさんは、プロジェクト全体の戦略やリスクといった「抽象」的なレベルで話しているのに対し、Bさんは具体的なタスクの遅延という「具体」的なレベルで話しています。このままでは、お互いが何を問題視しているのか理解できず、議論は平行線をたどってしまいます。

このようなズレを解消するには、まず相手がどのレベルで話しているのかを意識することが重要です。相手の発言の意図を「要するにどういうことか」と一度「抽象化」して捉え、自分の意見を伝える際も、相手のレベルに合わせて「具体化」または「抽象化」して説明し直すことで、建設的な議論へと導くことができます。

(3)「自由度」をポジティブに捉える視点

抽象化された思考は、一見すると現実から離れてしまい、自由すぎるように感じられるかもしれません。しかし、この「自由度」こそが、ビジネスにおける新たな可能性を切り拓く鍵となります。

具体例を挙げると、ある製品の顧客満足度が低下しているという課題があったとします。これを「顧客満足度の低下」と抽象化することで、単なる製品の問題だけでなく、サポート体制、価格設定、マーケティング戦略など、より広範な要因を検討対象に含めることができます。

抽象化によるメリット

具体的な効果

視野の拡大

問題の根本原因特定につながる

思考の柔軟性

多様な解決策の創出

本質への集中

表面的な対策に留まらない

このように、抽象化によって得られる「自由度」は、思考の幅を広げ、より本質的で創造的な解決策を生み出すための土壌となるのです。この自由度を恐れるのではなく、積極的に活用していくことが、ビジネスで差をつけるための重要な視点となります。


(4)「質」を重視する抽象の世界の理解

抽象化された世界は、単なる情報の集約ではなく、物事の本質や根源的な意味を探求する領域です。ここでは、表面的な事象に惑わされず、より深いレベルでの理解を目指します。

具体例を挙げると、

  • 「疲れている」 という状態は、具体的な体調不良や睡眠不足を示唆します。

  • 一方、「心身の不調」 という抽象的な表現は、疲労だけでなく、ストレスや精神的な負担など、より広範な要因を含む可能性を示唆します。

このように、抽象化は、問題の根本原因に迫るための重要なステップとなります。

具体的な事象

抽象化された概念

顧客からのクレーム

顧客満足度の低下

売上減少

市場競争力の課題

従業員の離職

組織文化の問題

抽象化された概念は、一見すると曖昧に感じられるかもしれませんが、その奥には、より本質的で、かつ汎用性の高い洞察が隠されています。この「質」を重視する理解こそが、ビジネスにおける的確な意思決定や戦略立案の基盤となるのです。

【実践】思考の整理術をビジネスで活用する

「具体」と「抽象」を行き来する思考法を、実際のビジネスシーンでどのように活用できるのか、具体的な事例を通して見ていきましょう。

1. 問題解決における「具体」と「抽象」の活用

ステップ

具体的なアクション

思考のポイント

現状把握

発生している事象を詳細に描写する(例:クレーム内容、売上データ)

個々の事実に注目する

原因分析

類似事例や過去の経験と照らし合わせ、共通項を探る

個別事象から法則性やパターンを見出す

解決策立案

特定された本質的な原因に基づき、具体的な施策を考案する

抽象的な原則から具体的な行動計画へ落とし込む

2. アイデア創出における「具体」と「抽象」の活用

新しいアイデアを生み出す際も、「具体」と「抽象」の往復は有効です。例えば、顧客の具体的な不満点(具体)から、その背後にある潜在的なニーズ(抽象)を把握し、そこから革新的なサービス(具体)へと繋げるといったプロセスが考えられます。

3. コミュニケーションにおける「具体」と「抽象」の活用

会議などで議論が噛み合わない場合、多くは「具体」と「抽象」のレベルがずれていることが原因です。相手の発言を「要するにどういうことか?」と抽象化して理解しようとしたり、自分の意見を伝える際には、まず結論(抽象)を述べ、その後で具体的な根拠(具体)を示すといった工夫で、円滑なコミュニケーションが実現します。

(1)問題解決における「具体」と「抽象」の活用

問題解決においては、「具体」と「抽象」の行き来が極めて重要です。まず、問題の「具体」的な状況を詳細に把握することから始めます。例えば、顧客からのクレームであれば、いつ、誰から、どのような内容のクレームがあったのか、といった具体的な情報を収集・整理します。

次に、収集した「具体」的な情報から、問題の本質や共通項を「抽象」化します。これにより、表面的な事象に囚われず、根本的な原因を特定することが可能になります。

フェーズ

目的

具体的なアクション例

具体化

問題の正確な把握

5W3Hでの情報収集、データ分析、関係者へのヒアリング

抽象化

問題の本質・原因の特定

事象のグルーピング、パターン認識、根本原因の抽出

具体化

解決策の立案・実行

具体的な施策の検討、担当者・期限の設定、実行

抽象化

解決策の汎用化・水平展開

成功事例からの教訓抽出、他部署への横展開の検討

この「具体」と「抽象」のサイクルを回すことで、場当たり的な対応ではなく、本質に基づいた効果的な解決策を見出し、再発防止策までを講じることができるのです。

(2)アイデア創出における「具体」と「抽象」の活用

新しいアイデアを生み出す際にも、「具体」と「抽象」の行き来は非常に有効です。まずは、既存のアイデアや成功事例を「抽象化」し、その本質や普遍的な要素を抽出することから始めましょう。これにより、どのような状況でも応用可能な「型」を見つけ出すことができます。

例えば、ある商品がヒットした背景を分析する際に、単に「Aという機能が優れていた」と具体的に捉えるのではなく、「顧客の潜在的なニーズを的確に捉え、それを満たすソリューションを提供した」といった抽象的なレベルで理解することが重要です。

次に、抽出した「型」を、現在抱えている課題や新しいビジネスの文脈に「具体化」していくことで、画期的なアイデアへと昇華させることが可能になります。

ステップ

作業内容

抽象化

既存事例の本質・普遍性を抽出する

ヒット商品の成功要因を「顧客ニーズへの的確な対応」と捉える

具体化

抽出した「型」を自社の状況に適用・発展させる

「顧客ニーズへの的確な対応」という型を、自社の新サービス開発に活かす

このように、抽象化で得た普遍的な原則を、具体的な状況に合わせて再構築することで、オリジナリティのあるアイデアが生まれやすくなります。

(3)コミュニケーションにおける「具体」と「抽象」の活用

円滑なコミュニケーションは、ビジネスの成果を大きく左右します。相手との認識のズレを防ぎ、共通理解を深めるために、「具体」と「抽象」のバランスが重要となります。

まず、「具体」レベルでのコミュニケーションでは、事実やデータに基づいた明確な情報伝達が求められます。これにより、誤解や憶測を排除し、具体的な行動への繋がりをスムーズにします。

一方、「抽象」レベルでのコミュニケーションは、相手の意図や背景を理解し、より本質的な議論を可能にします。例えば、以下のような場面で役立ちます。

場面

「具体」の活用例

「抽象」の活用例

報告・連絡・相談

数値データ、具体的な事例、期日・担当者

報告の要点、懸念事項、全体的な進捗状況

会議・議論

発言内容の根拠、過去の事例、具体的な提案

発言の意図、議論の全体像、目指すべきゴール

指示・依頼

具体的なタスク、達成基準、期限、担当者

業務の目的、期待される成果、判断基準

相手が「具体」で話しているのか、「抽象」で話しているのかを理解し、それに合わせたレベルで応答することが、建設的な対話を生み出す鍵となります。相手のレベル感を意識し、必要に応じて「具体」と「抽象」を行き来しながら、相互理解を深めていきましょう。

まとめ:ビジネスパーソンが習得すべき「思考の整理術」

本稿では、変化の激しい現代ビジネスにおいて不可欠な「思考の整理術」として、「具体」と「抽象」の概念とその活用法について解説してきました。

「具体」は個別の事象や詳細な情報、「抽象」はそれらに共通する本質や法則性を指します。これらを自在に使い分けることで、現状把握から課題設定、戦略立案、意思決定、さらには円滑なコミュニケーションまで、ビジネスのあらゆる場面で質の高いアウトプットが可能になります。

特に、以下のスキルの習得は、ビジネスパーソンが差別化を図る上で重要です。

スキル名

主要な効果

具体化

状況の正確な把握、課題の明確化

抽象化

本質的な課題設定、戦略立案、意思決定、円滑なコミュニケーション

往復運動

思考の質向上、本質的な問題解決

「具体」と「抽象」を意識的に往復させる思考法を実践することで、表面的な事象に囚われず、本質を見抜く力が養われます。この「思考の整理術」こそが、現代ビジネスを勝ち抜くための羅針盤となるでしょう。

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